2014年7月12日土曜日

エコール・ド・プランタンに参加して―大会3日目、4日目報告

[井口俊]

 私自身エコール・ド・プランタンへの参加は、2012年のパリ大会に続き二回目の経験であった。前回はフランス留学開始後、半年ほどしか経っていない時期のことで、正直に言うと眼前で交わされているやり取りの半分も理解できておらず、物言わぬ一聴衆として参加するに留まっていた。一方、今大会には発表者、そして当日の運営を担当した大学院生チームの責任者として、昨年の準備段階から積極的に携わらせていただいた。
 発表者としては、大会3日目の午前中に「価値とヒエラルキー(Valorisation et hiérarchies)」というテーマのセッションで、「マイナージャンルの力—カリカチュアに見る1868年のサロン La Puissance d'un genre mineur : le Salon de 1868 vu par les caricatures」と題した発表を行った。19世紀パリのサロン会場を彩った作品、またそこに詰めかけた観衆を諷刺的に描いたサロン戯画を主な資料として、ジャン=レオン・ジェロームの1868年のサロン出品作を中心に論じ、美術批評研究、作品の受容研究の新たな可能性を提示しようと試みた。イメージによる批評とも呼べるサロン戯画は長らく、テクストによる批評に比べ不真面目で劣ったものと見なされ、本格的な研究対象として扱われることは少なかった。しかし、戯画画家たちはそうしたジャンルの特質を逆手に取るかのように、19世紀フランスにおける芸術のアカデミックなヒエラルキーから自由に批評活動を行っていた。称賛するでも批判するでもなく、作品を笑い読者を喜ばせるためには、作品の本質を鋭く捉え、その箇所を誰にでも分かりやすい形で抉り出す必要がある。サロン戯画を入念に読み解くことで、テクストによる批評の読解だけでは気づくことの難しい、同時代受容の有り様を明らかにすることができるのである。筆者は日本での修士論文執筆以来ずっとサロン戯画を専門的に調査研究し、マイナージャンルの持つこうした〈力〉に着目してきたので、今回の発表テーマはまさに自分の興味と合致するものであった。
 外国語による発表で、その大半が自らの専門に近いわけではない参加者の注意をどれだけ惹くことができるのかが本発表の最も大きな課題であったが、サロン戯画のイメージの魅力を助けに、今後の研究の参考となる様々な質問や指摘をいただくことができたことは大きな励みとなった。


 話題変わって大会4日目は、希望者を募り都内の美術館見学を行った。いくつかのグループに分かれ、東京国立近代美術館、ブリヂストン美術館、三井記念美術館、三の丸尚蔵館をまわり、常設展・企画展を鑑賞した。大会も始まって4日目ともなると、実際の作品を目の前にしての意見交換はもちろん、昼食時や移動時に交わす何気ない会話のやり取りも調子が出てきて、外国からの参加者と打ち解けた雰囲気の中、同じ時間を共有することができたことは忘れがたい。見学会のグループの中には非常に日本通の先生がおり、銀座の鳩居堂に行き和紙を買いたいと提案されたのには驚いたが、外国の研究者が日本のどういった文物に興味をもっているのか知ることができたことも良い経験となった。
 一週間にも及ぶ国際セミナーの開催には、多くの人手と準備期間を必要とし、縁あって大学院生チームの責任者を務めさせていただいたが、大過なく大会が運営できるのか緊張の日々だった。しかし、三浦先生以下、普段は海外に留学している博士課程の学生も皆が集まり、一つの目標に向け協力していく過程は楽しくもあり、無事に全てのプログラムを終えた時には清々しい充実感があった。今回は裏方に徹して下さった修士課程の皆さんにも心より感謝したい。最後になりましたが、本大会に賛同、協力して下さった全ての方々にこの場を借りてお礼申し上げます。